スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

バンコク

カンボジアのシェムリアップから8ドルのバスで揺られ、バックパッカーの聖地バンコクのカオサン通りに着いた時には、時刻は午後7時を回っていた。

2年前、シェムリアップを訪れたときのタイ国境からの全く舗装されていなかった悪路は完全に舗装され、快適に移動することができた。

ここカオサン通りには1000を超すゲストハウスがあると言われ、通りは世界各国の旅行者であふれている。また、世界で一番安く航空券が手に入れることが可能であり、ここからならどこへ行くこともできることから、世界の中心であるとも言われている。

午後7時というと、この300m程の通りが最も賑やかになってくる時間帯だ。
この日の宿を目指し、赤や青や紫など様々な色で明るく光るネオン街を西から東まで歩いていた。重いバックパックが腰に食い込み、足の付け根が馬鹿になりそうだった。宿までもう少しだと気持ちを高め歩いていると、東の端にあるバーガーキングにさしあたった。

ちょうどその時だった。


パン、パン、、パン、と3回乾いた音がした。


バカな白人が爆竹でもして遊んでいるのだろう、と思った。

すると前から女性の悲鳴が聞こえた。
その声に連れられ何人かの人がこちらに逃げてきた。

あの音は、銃声だったようだ。

頭でそれを理解すると、体が震えて動けなくなった。
なんとかして体を言い聞かせ、物陰に隠れた。

身を隠し、少し時間が経ったところで現場に向かった。
そこは銃声を聞いたところから10m程しか離れていなかった。
まだあまり人はおらず容易に現場を見ることができた。

二人のタイ人男性が大量の血を流し倒れていた。
白人の女性が軒先の洋服を使い必死に応急処置をしていた。
倒れた二人はピクリとも動いていなかった。
相当悪い状況だ。
素人目でも彼らがもう生きることはできないと想像できた。

不思議とまわりは発砲事件が起きたというのにそれほどの騒ぎにはなっていなかった。
皆状況を理解できていないようだった。

だが、すぐに辺りは10台近いパトカーに囲まれ、通りは封鎖され、非常線が張られた。
マスコミも詰め掛けた。

僕はというと、警察が来た時点でそこから離れ、宿へ行くことにした。

宿に荷物を置き、ご飯を食べ、2時間ほどして現場に戻ってみると、その場所はすでに通常の状態に戻っていた。
辺りは水浸しになり、血痕は綺麗に洗い流されていた。
事件発生からたった3時間弱で元の状態に戻っていた。
そこはいつもの賑やかなカオサン通りだ

バンコクの警察はこの手の事件に慣れているのだろうか。

今日も皆昨日のことはなかったかのように平然と暮らしている。


昨晩はビール1杯で気持ちが悪くなってしまった。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ヨネ

Author:ヨネ
一年間アジア、アフリカ、中東、南米など30ヶ国で豪遊。世界一周。 写真展『アップルワールド~真実の眼~』開催。フィリピン、マニラにて生活中。shunsukeyone@gmail.com

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
最新サッカーニュース
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。