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芥川賞「乙女の密告」を読んで

文芸春秋に掲載されている今年の芥川賞受賞作品「乙女の密告」を読んだ。



ストーリーは、京都外国語大に通うみか子が『アンネの日記』をドイツ語で暗誦するスピーチコンテストに向けて苦闘する様子と、誰がアンネを密告したかという謎を差別やアイデンティティなどの問題に触れながら進んでいくというものである。


読んでいて最初に気になった点が一つ。

作者、赤染晶子さんの文体が僕の文体とよく似ている。何を勘違いしているんだと言われそうだが、言わせてもらいたい。
前半の、一文を短く歯切れの良いものとする情景の描写の仕方は非常に似ている。
また、情景描写の後に自分の主張や考えを要所要所に自然な形で挿入する様も似ていると思った。

もちろん僕が良く使いがちなくどくて格好をつけた言い回しなどこの作品には存在しない。


以上、まず言いたかったこと。



芥川賞というのは9人の選考委員の審査によって決定される。

文芸春秋の誌上には作品とともに書く選考委員の書評がそれぞれ長文で掲載されている。
それが、面白い。

なぜならこの作品、かなり評価が割れている。



小川洋子は、「赤染さんは、社会の貼るレッテルに惑わされず、人間の真実を描写できる作家であろう。『アンネの日記』を扱いながら、そこにユーモアを実現した赤染さんに、心からの敬意を表したい。」と絶賛している。

池澤夏樹は、「かくも重い主題をかくも軽い枠に盛り込んだ作者の技量は尋常ではない。(中略)このような力ある知的な作家の登場を喜びたい。」と小川洋子と同じく絶賛している。


一方、

村上龍は、「文章が正確さを書いているためにわかりにくく、誤解を生みやすい。」

宮本輝は、「(ラストのオチに対し)私はその造りが正しいか正しくないかの次元とは別の強い抵抗を感じて受賞に賛同しなかった。」

石原慎太郎は、「所詮ただ技巧的人工的な作品でしかない。こんな作品を読んで一体誰が、己の人生に反映して、いかなる感動を覚えるのだろう。アクチュアルなものなはどこにも無い。日本の現代文学の衰弱を表彰する作品の一つとしか思えない。」とまで批判している。


これだけの大作家たちでも、一つの小説に対してこれだけ意見が割れる。これほど面白いことはない。

是非、読んでみてこの作品がどんなものか考えてもらいたい。



ちなみに、僕は赤染さんという作家は大変力のある作家だと思った。これだけのテーマをこの分量で仕上げるのに並大抵の筆力、構成力ではできない。これがあればこれからも良作を生み出していくのは間違いないと思う。

また、ストーリーも面白く、テンポ良く進んでいき非常に読みやすかった。男性の知らない乙女たちを捉えた様も興味深かった。そして、何より登場する人物誰もが魅力的だ。これだけ魅力的な登場人物がいれば小説はおのずと読者の心を掴んで離さないものだ。


もちろん選考委員の方々の書評もどれも的を得ている。
賛成意見にも反対意見にも思わず納得してしまった。

彼らの書評を読んだ後なので多少流された部分もあり、また作品の全てを理解しているわけではないけれど僕は面白い作品だと思った。


とても読みやすい40ページの中篇小説なので、未読の方は是非読んでみてはいかがでしょう。
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ラダック

僕の一番好きな場所、それがラダック。




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『ラダックの学校』


リキルゴンパ、ラダック。2009年、8月。



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『休み時間』


リキルゴンパ、ラダック。2009年、8月。

長かった英語の授業が終わった。記念すべき初授業は、クソガキ共のせいで学級崩壊。右の3人は要注意人物。


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『童の魂』


ラマユルゴンパ、ラダック。2009年8月。




ラダックとは?

ラダックはインド最北部に位置し、周囲を6000mを越す山脈に囲まれたチベット仏教を信仰する地域。平均標高は3500m以上で、長く厳しい冬の影響で一年のうち3ヶ月しか陸路で入域することができない。

元々チベット文化圏というものは、現在のチベット自治区、インド北部に広がる広大な地域にいくつかの国として存在した。それが、激動の20世紀を経て中国とインドとの間に国境が画定し、中国側をチベット自治区、インド側をラダックと呼ぶようになった。

中国側のチベット自治区ではチベットの文化や宗教が弾圧されているといわれるが、ラダックにはチベット本来の文化と宗教が今も残っているといわれている。

祈り

多くの国では、宗教が中心となって人の生活が成り立っている。


生まれるときも、死ぬときも、生きているときも。




旅の間、自分の頭のノートにはない宗教というものついて考えて、考えて、考え抜いた。


けれど、結論はでなかった。考えれば考えるほどそれが何なのかわからなくなる。

でも、宗教について2つだけわかったことがある。



宗教は、彼らにとって太陽のようにそこにあるのが当たり前のもので、僕らの想像より遥かに大切なものであるっていうこと。

そして、人が祈りを捧げている姿は美しいということ。



どうしても、どれだけ想像してみても、彼らにとって宗教が、神がどういうものかっていうのは今もわからないや。





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『早朝の祈り』


ラリベラ、エチオピア。2009年、12月。

エチオピア正教の聖地ラリベラ。エチオピア中から巡礼者がラリベラを目指す。
キリスト教は、ここにもある。



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『親子巡礼』

ラリベラ、エチオピア。2009年、12月。

母は祈る。子は親の祈る姿を見る。



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『巡礼者の笑み』


ガンジス河、インド。2009年、7月。

ヒンドゥー教の巡礼者は聖地に向かって歩く。
裸足で、身一つ、何千キロの道を進む。

笑顔の写真

これから数回に渡って、写真展で展示していた写真と文章をテーマごとに載せていきます。


最初は写真展の入り口に大きく展示した笑顔の写真!




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『自信』


ウガンダ、孤児院NEWTOPIA。リアンドロ14歳。2009年、12月。

細身で運動神経の良い彼は女の子に人気!





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『好奇心』

クルナ、バングラデシュ。2009年、6月。

バングラデシュほどツーリストの少ない国も珍しい。ちょっとでも田舎に行けば、誰もが外国人を見たことがない。彼らにとって、自分が初めての“異国人”。初めて見る肌の黄色い人にみんな興味津々。気づけば100人に取り囲まれていた、なんてこともしょっちゅう!



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『瞳』


ポトシ、ボリビア。2010年、2月。

標高4000mに位置する都市、ポトシ。
どうして、子供の瞳はこんなにキラキラしているんだろう。

日常という下校

大学は国道246号と表参道の交差点から歩いてすぐのところにある。





僕は毎日大学から宮益坂を下って渋谷駅に向かう。


ちなみに正門直ぐ側の歩道橋を使うコースを愛用中。



夜の青山はきれいだよ。



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日常という中華料理店

去年一年で2万枚近くの写真を撮った。

多くの写真は、すごく空虚。


消極的な理由で写真を撮っていた。


きれいな自然、歴史のある遺跡、そこらへんで遊んでたガキンチョ、恐ろしくノリの良いおっちゃん。




僕の撮りたいものはそんなものじゃない。

じゃあ、何を撮りたいのかって言われてもその芯の部分に羊毛が絡み付いていて、毛の一本一本が抜け落ちるばかり。


強い思い入れのある何かには違いない。

でも上手く自分の心臓をつかめない。



しょうがないから、抜け落ちていった一本一本の毛を丸めてみた。

名づけて「僕の愛する日常」。すげーベタだけど許して。


撮りためていたやつをちょっとずつアップしていきます。



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プロフィール

ヨネ

Author:ヨネ
一年間アジア、アフリカ、中東、南米など30ヶ国で豪遊。世界一周。 写真展『アップルワールド~真実の眼~』開催。フィリピン、マニラにて生活中。shunsukeyone@gmail.com

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