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ダッカ

バングラデシュの首都ダッカ。


はっきり言って、最悪。

今まで行った街の中でも群を抜いている。
デリー以上。


とにかく人が多い。
ダッカは中心部から15kmも離れれば畑が見えてくるようなあまり大きくない街。

にも関わらず、ここには1300万を越す人々が押し込まれるようにして暮らしている。
そのあまりに多い人の数は、完全に街のキャパを越している。
どこに行っても、人・人・人。
渋谷のスクランブル交差点で生活しているようなもんだ。

それにバングラ人のワキガが加わればもうそこは生き地獄。
街もインド以上に汚い。
夜になれば停電になり、レストランや宿、一部の建物を除き、全ての光が消える。
しかし、人の数は減らない。
夜は異様な光景が広がる。


また、渋滞が酷い。

パキスタンビザを取得するため、ホテルから10kmちょいの道のりをバスで3日連続通ったが、いずれの日も1時間半以上かかった。
狭い道に車間距離などゼロに等しいほどビッシリ、バス、乗用車、サイクルリキシャが詰め、それが永遠と続く。
バスはもちろんエアコンなど付いておらず、1時間半灼熱地獄とクラクションの轟音を耐えるしかない。宿に着くころには汗で服とズボンはビチョビチョ。


さらに、ネットカフェがない。

宿から徒歩でいける範囲にあるネットカフェはPCが2台しかない上に、日本語を読み取ることすらできない。文字化けしてしまう。
今いるところはスピードもまあまあ速く、クーラーも効いているが、宿からバスで片道1時間半。

ご飯を食べに外に出るだけで、疲れてしまう。
そんなこんなで日に日に宿にいる時間が長くなっている。



上にもあるように、本日パキスタンビザを取得した。
日本大使館で推薦レターを作成してもらい、翌日パキスタン大使館に申請し、バングラ娘に負けないくらいの笑顔をふりまいて強面パキスタン大使館員に粘ったところ、その翌日に取得できた。


現在、同じ宿に報道カメラマンの方が滞在している。

25歳にしてフリーで活動しているという激アツな方。
彼は、東南アジア、南アジア地域で見られる21世紀型公害のヒ素中毒について2年以上取材を続けているそうだ。
これは、アジア地域において様々な要因により、地下水にヒ素が混入しているという問題だそうだ。
バングラデシュにおいては緑の革命によって引き起こされた、大量の農薬使用と、過剰な灌漑による地下水の汲み上げが原因として有力だとされている。
自分は全くこの問題を知らなかったので被害状況の写真を見たときにはとても驚いた。

ネットで検索したらこんなん出てきた。http://www.asia-arsenic.jp/jp-asiarea/modules/tinyd00/index.php?id=2



その人に、パキスタンには行かないほうがいい、自分が行った2006年当時でさえ、目の前でテロと銃撃戦が起きた。今はもっと酷い状況だ、自分も行こうと思っていたがやめることにした、と言われた。
どうしても行きたいフンザのある北部地域もタリバンの影響力が強まっているそうだ。

ん~、弱ったな。


最悪インドからどっかに飛んじゃうかも。



明日、世界一長いビーチのあるコックスバザールに行ってきます。
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クルナ

バンコクからインドのコルカタにやってきた。
相変わらずこの国はそこにあった。

30年は前に製造されたであろう車。その車を手で押す人。未だに人々の足である人力車。路地
のゴミをあさる痩せこけた牛。

そして、、、



インド人。


 
2日かけてバングラデシュ領事館でビザを取得すると、逃げるようにしてこの国から脱出した。


バングラデシュ。

僕が知っているこの国の情報は、アジア最貧国、人口密度世界最高、ハリケーン、雨季に国土の3分の1が水没、
イスラム、マイクロクレジット、国旗のデザインが日本と同じ、くらい。

しかし、旅人情報でバングラに行けば有名人になれるという情報を入手。
さらに首都ダッカに遊園地があるということもわかり、これには興奮し行くことを決定。

有名人というのも、バングラのビザは非常に高い。欧米の人たちはビザを取得するのに
10000円の手数料が掛かる。安いとされている韓国人でも3000円ほど掛かる。
しかし、例外的に日本人のみ無料でビザが取得できる。これは日本政府のODA支援の恩恵らしい。
そのため、こんな大金を払ってまでバングラに行く人はほとんどいない。
また、特にこれといって見るものもないので日本人でもあまり行く人はいない。
実際、ここまで世界中どこにでもいたツーリストにまだ出会っていない。

ツーリストがあまり来ないということは、バングラ人にとって外国人はとても珍しい存在だ。

街を歩けば道行く人全員がこっちを見てくる。
ちょっと英語がわかる奴がいれば名前と国を聞いてくる。
こっちが答えると自分の名を名乗り、握手をして満足そうにして帰っていく。
するとそれにつられ周りの人たちも握手を求めてくる。

商店街を通れば、皆がこっちにきて座れとジェスチャーする。
いやいやお前が来いよ、とジェスチャーすると笑ってもう一回同じジェスチャーをする。

水を買いに商店に入れば、すぐに10人ほどの人だかりが出来る。携帯を持っている
奴は写真を撮ってくる。

しかし、悪い気はしない。

他の国とは違い、お金目当てではなく、単純な好奇心で集まっているのだ。
日本から来たといえば英語のできる奴がみんなにジャパン、ジャパンと伝え、みんなジャパン
か、と納得する。


クルナという街から渡し舟で川を超え、外れの村に行ったときはもっとすごかった。

村を見つけ、少し覗いてみると男たちは街に働きに出ているためかあまりおらず、
女性と子供がほとんどだった。街で絡んでくるのは100%男なので少し嫌になっていた。
街で女性はこっちを好奇の目で見てくるもののまず声をかけてこない。
ムスリム国なのでこちらからも声を掛けにくい。
ブルカを纏い目しか出していない女性など恐くて絶対に話しかけられない。
この国はあまり戒律が厳しくないためか2割~3割くらいの女性しかブルカを纏っていない。
他の女性はみなサリーを着用。

この村は女性が多かったので入るのをやめようかと思ったとき、村の女性たちが手招きして呼んできた。

女性は子供から同年代、おばあちゃんまで全世代の人がいた。
村の中に入ると、大歓迎を受けた。
中心にある小屋に導かれ、そこに入ると椅子を用意してくれ、その上を拭き始めた。

小屋の中にはあっという間にゆうに50人を超える人が集まった。
みんな大きな目を目をキラキラさせてこちらをみてくる。
女性からどんどん話しかけてくれた。しかし、話してくるのはサリーを着た女性のみで、
ブルカを着用している女性は人垣の向こうから羨ましそうに眺めているだけだった。

女性や子供たちは私を写真に撮ってくれ、撮ってくれと頼んでくる。
写真を見せると、もうそこはお祭り騒ぎ。
うひょひょひょひょと皆が騒ぐ。
子供が騒ぎすぎると、お父さんは客人に失礼なことするなとマジギレ(笑)
アッラーのお祈りが放送されても全員シカトして大騒ぎ。

ベンチに座っていると女性が団扇でこっちを扇いでくれていた。
いやいや、そこまでしなくても。
と思い、それを取り上げ、力一杯みんなを扇ぐと、これにも大爆笑。
赤ちゃんを台の上に乗り、持ち上げても大喜び。
お母さんが次々にうちの子もやってくれとせがんできた。
いろんなポーズで抱くと、とにかく喜んでくれた。
そして赤ちゃん大泣き。
それを見てみんな爆笑(笑)

村を出てからも子供はずっとついてくる。


とにかく疲れます!!



今いるダッカはウザイ奴多し。
プロフィール

ヨネ

Author:ヨネ
一年間アジア、アフリカ、中東、南米など30ヶ国で豪遊。世界一周。 写真展『アップルワールド~真実の眼~』開催。フィリピン、マニラにて生活中。shunsukeyone@gmail.com

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