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タイ

気がづけば当初全く行く予定のなかったタイに3週間も滞在していた。
ここは楽園のような国だ。

親切な人々、おいしいご飯、緑あふれる大自然、物価の安さ、女の子のクオリティ、全てが一級品。

東南アジア4カ国、いやアジアで断トツではないだろうか。
特に、人の良さには改めて驚いた。
陽気で素直で思いやりのあるタイ人が大好きだ。

ここなら、一生暮らしていける、と何度思ったことか。

他の国ではまずこんなこと思わない。
なんだかんだ暮らすなら日本だな、となってしまう。

だが、ここは違う。
奇跡の国と呼ばざるを得ない。
時間さえあればもっともっと滞在していたい。

しかし、ここを離れるときが来たようだ。


今日の15時の便でインドのコルカタに行く。
航空券の値段だけで決めてしまった。片道9000円。
全くやることのない街でビザ待ち。



コルカタ



インド人



40℃




マジで鬱になるわーーー
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チェンライのセブンイレブン

ここタイにはとても多くのセブンイレブンがある。

バンコクではひとつの交差点に3つのセブンイレブンがある場所もざらにある。
人口比にしたら日本より多くあるだろう。


タイのセブンイレブンの特徴は、店に日本のドリンクバーに見られるジュースサーバーがついているという点だ。

カップに自分の好きなだけ氷を入れられて、コーラやジュース、さらにはコーヒーやスムージーまで入れることができる。

カップもS,M,L,BIGと4種類ある。値段はBIGサイズで22バーツ(66円)。容量は1リットル強だ。
もちろん缶やペットボトルもあるのだが、値段も若干カップのほうがお得ということもあり、常にカップの方を買っている。

さらにカップはコーラを入れた後、その場でできるだけ飲み、再びマックスまで注ぎ込んだ後、会計することができる。店で飲んだ分だけタダのみできるのである。

タイはとても暑く、コーラを超気楽に手に入れることができるため、ほぼ毎日2リットル以上のコーラを飲んでしまう。

ここチェンライでも深夜いつものようにノドが渇いた。
セブンイレブンまで歩いて5分以上の距離だったが、迷わずコーラを買いに行くことにした。
心躍らせて店内に入った。
広い。
今までタイで何十店というセブンイレブンに入ったがここは一番大きい。さすが田舎町。
さらにテンションが上がり、店内を散策すると、そこにあるべきものがなかった。



コーラサーバーがない。




しかし、コーヒーサーバーとスムージーはある。
なんて店だ。

この店は客のニーズをまったくわかっていない。

こんなのつけ麺しかないラーメン屋と一緒じゃないか。
いや、ハンバーガーしかないケンタッキーか。

そんなことより、他のセブンイレブンを探さねば。

あった!
ようやく飲める!



しかし、そこにもコーラサーバーはなかった。


しょうがないビールで我慢しよう。

すると、さらに追い討ちをかけるかのごとく、時刻は深夜0時をまわった。

そう、お酒の規制の厳しいタイでは夜0時以降、お酒を買うことができなくなる。




チェンライのセブンイレブンなんて全部つぶれてしまえ!!!!

バンコク

カンボジアのシェムリアップから8ドルのバスで揺られ、バックパッカーの聖地バンコクのカオサン通りに着いた時には、時刻は午後7時を回っていた。

2年前、シェムリアップを訪れたときのタイ国境からの全く舗装されていなかった悪路は完全に舗装され、快適に移動することができた。

ここカオサン通りには1000を超すゲストハウスがあると言われ、通りは世界各国の旅行者であふれている。また、世界で一番安く航空券が手に入れることが可能であり、ここからならどこへ行くこともできることから、世界の中心であるとも言われている。

午後7時というと、この300m程の通りが最も賑やかになってくる時間帯だ。
この日の宿を目指し、赤や青や紫など様々な色で明るく光るネオン街を西から東まで歩いていた。重いバックパックが腰に食い込み、足の付け根が馬鹿になりそうだった。宿までもう少しだと気持ちを高め歩いていると、東の端にあるバーガーキングにさしあたった。

ちょうどその時だった。


パン、パン、、パン、と3回乾いた音がした。


バカな白人が爆竹でもして遊んでいるのだろう、と思った。

すると前から女性の悲鳴が聞こえた。
その声に連れられ何人かの人がこちらに逃げてきた。

あの音は、銃声だったようだ。

頭でそれを理解すると、体が震えて動けなくなった。
なんとかして体を言い聞かせ、物陰に隠れた。

身を隠し、少し時間が経ったところで現場に向かった。
そこは銃声を聞いたところから10m程しか離れていなかった。
まだあまり人はおらず容易に現場を見ることができた。

二人のタイ人男性が大量の血を流し倒れていた。
白人の女性が軒先の洋服を使い必死に応急処置をしていた。
倒れた二人はピクリとも動いていなかった。
相当悪い状況だ。
素人目でも彼らがもう生きることはできないと想像できた。

不思議とまわりは発砲事件が起きたというのにそれほどの騒ぎにはなっていなかった。
皆状況を理解できていないようだった。

だが、すぐに辺りは10台近いパトカーに囲まれ、通りは封鎖され、非常線が張られた。
マスコミも詰め掛けた。

僕はというと、警察が来た時点でそこから離れ、宿へ行くことにした。

宿に荷物を置き、ご飯を食べ、2時間ほどして現場に戻ってみると、その場所はすでに通常の状態に戻っていた。
辺りは水浸しになり、血痕は綺麗に洗い流されていた。
事件発生からたった3時間弱で元の状態に戻っていた。
そこはいつもの賑やかなカオサン通りだ

バンコクの警察はこの手の事件に慣れているのだろうか。

今日も皆昨日のことはなかったかのように平然と暮らしている。


昨晩はビール1杯で気持ちが悪くなってしまった。

プノンペン

プノンペン中心部から南西5kmに位置する通称ゴミ山。

ここは街から出たゴミを集めている集積場。毎日400台以上のトラックがここにゴミを運んでくる。

この集積場は日本の集積場とは大きく異なる。この巨大な山には人が住んでいる。

正確な数は不明といわれているが、プノンペンの集積場には2000世帯の人が暮らしているとされている。

彼らはどのように暮らしているのだろうか、食事はどうしているのだろうか、どんな家に住んでいるのだろうか、どんな人たちがいるのだろうか。とにかく、自分の目で見てみることにした。

街の中心部から出発し、自転車のペダルを30分もこいだだろうか。宿でもらったインクの滲んだ地図の外れにあるゴミ山。それだけを頼りに、国道を真っ直ぐ走っていると簡単にそれを見つけることができた。

時刻は午後3時を過ぎているが、次々にトラックがゴミを積んで道を曲がって消えていく。そのトラックを追いかけるように国道を東に曲がると、それまでの風景が一変した。

道の両端では人々がしきりに空き缶や瓶の選別をしていた。決して古くはないゴミの施設もいくつか確認することができた。
その道をさらに進むと、目の前に大きな丘が現れた。

ゴミ山である。

入り口でトラックは一列に列を成して並んでいた。ゴミの重さを測定しているのだろうか。そこに自転車を止めさせてもらい、歩くことにした。

すると、驚いたことに入り口のすぐ奥に学校があった。
看板には、for Vulnerable Child Garbage Workersと書いてある。ゴミ山で働く子供たちのフリースクールのようだ。
ここの子供たちは日本の子供たちと変わらず、腕白小僧ばかり。みんな身なりも汚くはない。
ここの状況は支援によって改善されているようだ。

そして、いよいよゴミの山へ足を運ぼうと目を向けると、一人の西洋人が歩いていた。観光客かと思い話しかけると、彼女はいいえと否定した。オーストラリア人の彼女は人類学の先生。カンボジア人の助手とこの山での人々の生活を調べに来ていた。

彼女に付いて行き、山の上に向かった。
この辺りから、臭いがきつくて鼻で息することはできなくなった。特にヘドロの近くを歩くときは口呼吸すらできない。
物質というのはこんなにも異様な臭いを発することができるのか。
とにかく、臭い。

入り口を通過したトラックも山のほうへと向かっていた。
トラックと同じ進路をとり、山の上に上がると凄まじい光景が広がった。
トラックが捨てたゴミの周りに、何人、何十人、いや何百人の人がいるだろうか。皆が一様に下を向き、ゴミを漁っていた。彼らはこの中から、金属や瓶、缶などを集め、生計を立てている。
子供で1ドル、大人で2ドル。劣悪な環境で一日働き、彼らはお金を得ている。

山の上からは彼らの村も確認することができた。カンボジア伝統の高床式住宅でゴミ山のすぐ横にある。

ここにいる人々は、この劣悪な環境の中で生まれ、暮らし、遊び、働き、死んでいく。

この山から出たことはあるのだろうか。
街の中へ行ったことはあるのだろうか。


彼らの表情は非常に明るい。
大人は笑顔で、楽しそうにゴミを集めている。
子供はゴミを拾う中で遊びを見つけ、自分のものにしている。

ここにいる人々はプノンペンで出会った誰よりも良い顔をしている。
生きることに飢え、生きることを楽しみ、生きることに誇りを持っている。

そこには、我々が捉えがちなゴミ山=不幸の構図はなかった。

こんなにも親切な人々にカンボジアで初めて会うことができた。この素敵な出会いが素直にうれしい。

ここには無料の学校もクリニックもある。
だが、全ての人々がここに通えるわけではなさそうだ。どちらも時間とお金に余裕のある人に限られている。
僕の出会った男の子は、目が真っ赤に晴れ上がり、足も傷で相当悪い状況だった。

ここは人間が住めるような場所ではない。
最悪な場所だ。


だが、そんな中で誰よりも高貴に暮らしている人々がいる。
プロフィール

ヨネ

Author:ヨネ
一年間アジア、アフリカ、中東、南米など30ヶ国で豪遊。世界一周。 写真展『アップルワールド~真実の眼~』開催。フィリピン、マニラにて生活中。shunsukeyone@gmail.com

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